富とジェリー

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ゆとり世代が語る伝説のバンド『たま』(「天才集団」編)

『たま』は今から二十年以上前に結成され、すでに解散した四人組のバンドです。

彼らが全盛を迎えていた頃、僕はまだ物心がつくかつかないかという子供でした。

後に、インターネットで彼らと出会ってドハマりし、ほぼすべてのアルバムを買い集めてからは、誇張抜きで毎日二時間は聞いています

彼らが「幻のバンド」「伝説のバンド」「天才集団」などと呼ばれていることはそれから知りましたが、まったくもって妥当な評価だと思います。

リアルタイムの世代でない僕が語ることは非常に恐縮ですが、つぎはぎの知識と自分の感想を用いながら、なぜ彼らが「伝説」なのかを解説していきたいです。

願わくば、先代の皆様には「ほう、ゆとりから見るとこう感じるのか」と言わせる新鮮さを、同世代の皆様には「聞いてみたい!」と言わせる興味を提供できたら嬉しいです。

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 1.伝説のメンバー(個別の考察はリンク先へどうぞ)

知久 寿焼

担当:ボーカル、ギター、ハーモニカ、マンドリンウクレレ、コーラス

ゆとり世代が語る伝説のバンド『たま』(知久寿焼編) - 富とジェリー

石川 浩司

担当:ボーカル、パーカッション、リコーダー、パンフルート、オルガン、コーラス

ゆとり世代が語る伝説のバンド『たま』(石川浩司編) - 富とジェリー

柳原 幼一郎(現:柳原 陽一郎)

担当:ボーカル、ピアノ、キーボード、ギター、アコーディオン、鍵盤ハーモニカ、コーラス

ゆとり世代が語る伝説のバンド『たま』(柳原陽一郎編) - 富とジェリー

滝本 晃司

担当:ボーカル、ベース、ピアノ、トイピアノ、コーラス

ゆとり世代が語る伝説のバンド『たま』(滝本晃司編) - 富とジェリー


2.現象が伝説

いわゆるアングラであるナゴム系としてデビューした『たま』がお茶の間に姿を現したのは、オーディション番組『三宅裕司いかすバンド天国』、通称イカ天です。

強烈な存在感とたしかな実力で世間の度肝を抜いた彼らは、その年(1989年)における番組王者の称号を獲得し、さらに翌年発売されたメジャーデビューシングル『さよなら人類』の大ヒットもあって、当時の日本に社会現象を巻き起こしました。

テレビをつければ常に『たま』がいると感じられるような状態が続いたり、識者や批評家がこぞって『たま』について論ずるなど、そのムーブメントは近代邦楽史でも特筆すべきものであり、百科事典には『たま現象』という言葉が載っていることさえあります。

しかし、純粋に彼らの才能を評価する層がいる一方で、タレント扱いやアイドル扱いをする者も多く、それでも『たま』は大衆に媚を売らず、楽曲の個性も貫き通したため、しだいに求められるものとの乖離が生まれ、彼らは表舞台から姿を消しました。

ですがその後も、たしかな審美眼を持った音楽ファンや関係者の間で、彼らの存在は語り継がれることとなります。

「日本で伝説のバンドといえるのは『THE BLUE HEARTS』と『たま』だけだ」

「いや『はっぴいえんど』と『たま』だけだ」

「いや『X JAPAN』と『たま』だけだ」

「いや『BOOWY』と『たま』だけだ」

「いや……(以下略)

『たま』ってそれくらい「ヤバい」バンドなんです。


3.個性が伝説

耳から入るにしても目から入るにしても、『たま』に初めて触れたその瞬間から、彼らが普通のバンドではないことが分かります。

実力や才能だけでなく、個性も突出しているからです。

他に例を見ない特徴を持つ知久寿焼氏の中性的な声や、石川浩司氏の破壊的なパフォーマンスなど、彼らの持つ「異質さ」は妖怪のような浮世離れした雰囲気を伴っており、また、それでいて街角に降りてきた天使の楽団のような儚さと哀愁も覗かせます。

『たま』を再現できるのは間違いなく『たま』のみであり、彼らはまさしく唯一無二なのです。


4.楽曲が伝説

異質さについて先に語ると、彼らをイロモノ扱いした世俗と同じになってしまうかもしれませんが、『たま』が評価されている本質はやはりその音楽的才能です。

『たま』は全員が歌うバンドで、自分がボーカルを担当する曲は本人が作ります。

四人のメンバー全員が作詞作曲を手掛け、その割合がほとんど均等という、最近と比べたら稀有なバンドなのです。

また、メンバー一人ひとりが独自の音楽的素養とセンスを持っており、それを互いに干渉させ合うことで、ミクスチャーの先駆けともいえる高度な音楽的追求がなされています。

くくりとしてはフォークバンドでありながら、ロック、パンク、プログレ、ジャズなど、様々な分野の曲が網羅され、しかもそれぞれが「ジャンルのパロディ」ではなく「『たま』らしさ」が機能する珠玉のデキとなっているのです。

その上、並みのバンドには真似できない『たま』だからこそ思いつく実験性と、分かりやすく親しみやすいポップさのせめぎ合いが、楽曲ごとに様々な割合で自在に調整されており、これはある意味作曲における一つの理想形だと思います。

それができる人間が一人いるだけでも一目置かれるのに、四人もいて、しかも個々が別ベクトルの方向性を世界観として昇華し極めているというのが、彼らが「天才集団」と呼ばれる理由でしょう。

曲だけではなく、詩の能力においても全員が非凡な才を発揮しており、むしろ『たま』最大の特色は詩にあるといっても過言ではありません。

『たま』の詩は言うなれば「隠喩100%」なのが特徴で、メタファーと極端なナンセンスをたっぷり用いることで、死、性、自意識、喪失感など、様々なテーマが独自の角度から表現されます。

はっきりとした意味が求められる必要がないこともしばしばで、「解釈に関わらず言葉が勝手に言葉通りに存在している」という原始的な「歌」の在り方に、マザーグースのような深層心理を投影した情景がなんとなく同居しています。

その絶妙さがなんとも不気味で味わい深く、「怖い童話」を読んでいるような、遠くに連れていかれるよな、不思議な気分にさせられます。

そんな独創的な詩が、独創的な曲に乗るわけですから、いいものができないわけがありません。

『たま』には名曲しかないと、自信を持って断言できます。


5.演奏が伝説

前述した通り、メンバーそれぞれがマルチプレイヤーである上に、その技術の精度はかなり高いです。

安定性のあるグルーヴと大道芸の域に達している超絶バカテクの両方を扱うことができ、しかもどれだけアドリブをかましても、魔法でも使っているかのようにぴったりと息が合います

そこから紡ぎだされる無尽蔵の表現力は、とても四人だけとは思えないパワーを有し、見る者聞く者を別世界へと引きずり込むのです。

やろうと思えば巷のかっこいいバンドの半数以上を余裕でひねりつぶせるテクニックと感性を有する人たちが、わざとかっこ悪く振る舞っているというのも、『たま』が伝説のバンドたるゆえんだと思います。


6.伝説のまとめ

ここまで『たま』の「伝説」っぷりを語ってきましたが、やはり、実際に観賞してみないと、その良さは分からないと思います。

現在、一度廃盤となった傑作アルバム『さんだる』『ひるね』『きゃべつ』リマスタリング版が販売されており、他の音源も様々な方法で購入が可能です。

また、YouTubeにも彼らのLIVE映像が多数上がっているので、興味がある方はぜひ見てみてください(石川さんがTwitterで言及していたりするので、恐らく黙認されています)。

人を選ぶバンドであるのはたしかですが、もしも合わなくても「なんかこいつらとんでもないな」というのは感じていただけると思いますし、もしも感性が合ったとしたら、それは一生ものの出会いとなるでしょう。