富とジェリー

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ドラマ『デアデビル』シーズン1感想と見所

今回は、マーベル・シネマティック・ユニバースと動画配信サービスNetflixが組んだオリジナルドラマデアデビルシーズン1の感想をお届けします。

 

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 ©Daredevil/Marvel Television/ABC Studios/Netflix

 

1.概要

デアデビルは同名のコミックスを原作としたドラマで、マーベル・スタジオが展開するマーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)に含まれます。

主役のデアデビル=マシュー・マードックは、事故で視力を失った代わりに超感覚を得たクライムファイターで、昼は弁護士として働き、夜は街に巣食う犯罪者たちと戦っています。

デアデビルはマーベル・コミックスの中でもかなり上位に入る人気キャラで、過去にベン・アフレック主演で映画化もされています。

 

2.感想と見所の解説

いやー、面白かった。

このドラマの制作と配信が発表された当時は、「ドラマはどちらかというとDCが優勢」というイメージと「あのデアデビルを映画でやらなくていいの!?」という驚きがあって、ちょっと不安だったのですが、完全に杞憂でした。

はっきりいってコレ、MCU全作合わせた中で一番好きって人も絶対いると思います。

元の設定を最大限に生かした骨太のストーリーと、ドラマ最高峰レベルの格闘アクションのどちらも圧巻で、非の打ちどころがない。

最高でした。

そして、『デアデビル』にはこれまでのMCUとは大きく異なる長所がいくつもあります。

まずは「シリアスさとアダルトさ」

他のMCUも基本的にはシリアスなのですが、『デアデビル』は汚職・腐敗・暴力・金・組織犯罪を巡る描写がハンパじゃなく(だが意外に濡れ場は全くない)、グロさも段違いで、明らかにトーンが異質です。

やってることは『バットマン』に近いのですが、さらにダークです。

しかし、その張りつめたリアルな空気が、素晴らしい脚本と合わさることで「王道」と成り、圧倒的な完成度に到達しています。

また、痛ましいほどに「暴力」が本当に「暴力」なので、その意味合いも切実なものとなり、物語に深みを与えています。

次に「正体を隠したヒーローであること」

アベンジャーズ』の面々は、歴史的偉人であるスティーブ・ロジャースキャプテン・アメリカ、活動開始早々に正体を明かしたトニー・スターク=アイアンマン、二つの顔を持たないソーなど、シークレット・アイデンティティの問題を宿さないヒーローばかりです。

そもそもMCUでは、『アイアンマン』から『シビル・ウォー:キャプテン・アメリカ』まで、一貫して「正義の民営化」と公的な勢力との駆け引きが組織単位で国際的に展開されており、本来ヒーロー作品につきものの「個人の正体の問題」が入り込む余地はありませんでした。

その点、デアデビルは世界ではなく、自分の街(ヘルズ・キッチン)を守るために戦うクライム・ファイターです。

「本当の自分」というテーマは『アイアンマン3』でも描かれていますが、「正体を隠しているからこその孤独と葛藤」が掘り下げられるのは、実は今回が初なのです(映画では今後『スパイダーマン:ホームカミング』で見られると思います)。

この新たな要素が軸になることにより、過去のトラウマや生と死、善と悪、罪と罰などのモチーフが、より分かりやすく、より等身大で訴えかけてくるようになっています。

最後に「敵が魅力的」

MCUはどうにも悪役の魅力が不足しているという意見をよく目にします。

権利関係により超人気ヴィランを登場させられないという理由の他に、企画の性質上、ヒーローの人物造形を優先させるコンセプトがその原因だと思われますが、『デアデビル』では悪役の造形にもかなり力が入れられています。

今回立ちはだかるウィルソン・フィスクは、特殊能力を持たないながらも、原作マーベル世界の犯罪界の頂点に立つ男で、キングピン(親玉)と呼ばれている大物です。

デアデビルだけでなく、パニッシャースパイダーマンとも何度も対決しており、また、DCのレックス・ルーサーのように、黒幕的な立ち位置を担うことが多い重要ヴィランなのです。

シーズン1でのフィスクはまだ「キングピン」とは呼ばれておらず、原作で事業家・慈善活動家として広く認知されているのとは正反対に、全くその存在を知られていないところから本編に参加します。

しかし、この時点でも既に裏の世界(ひいては社会全体)は彼に牛耳られており、その特殊なポジションとパーソナリティが、「残虐だが恋人や母や友人のことは深く愛する性格」「手段が違うだけで彼も街を良くしようとしているという事実」「癇癪を起こした子供のような戦闘スタイル」などの側面が明かされていくことによって、さらにどんどん魅力的になっていき、彼から目が離せなくなります。

演じるヴィンセント・ドノフリオの怪演もすさまじいです。

さて、ここまで『デアデビル』の見所を三つ示しましたが、そのどれもが、一挙に制作・配信されるNetflixオリジナルドラマだからこそフルに活かされ、結果に繋がったと思います。

見た後だと「映画じゃなくてよかったな」とすら感じますし、また、クリフハンガーや「意外な展開」をある意味作業的に詰め込む性質がある連続テレビドラマでも、ここまで伸び伸びとした作品にはならなかったと思います。

マーベル・スタジオの適材適所を分かっているところというか、プロデュースにおける先見の明はやはり異常ですね。