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富とジェリー

富を得たジェリーは変わってしまった。

MCU新次元の開幕『ドクター・ストレンジ』感想と見所

少し前から、記事の一番下に簡易なアンケートを設けています。

ブログというものは基本的に専門性が高い方が好まれるらしいのですが、当ブログの題材は、ご覧の通り多岐にわたります。

別にそれはそれでいいと思うんですが、もう少し計画的に記事を投稿した方がいいかなとも感じ始めてきたので、今後の方針の参考にするべくアンケートを設置したのでした。

ちなみに一時間に一回まで投票できるので、遠慮せずにどんどんご参加くださいね。

さて今回は、ちょっと遅いながらも、マーベル・シネマティック・ユニバース最新作ドクター・ストレンジの感想をお届けします。

 

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1.概要

ドクター・ストレンジは、同名のコミックスを原作とした、マーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)14作目となるスーパーヒーロー映画です。

主役のドクター・ストレンジ(=スティーヴン・ストレンジ)は、傲慢な性格と優秀な技術を併せ持つ脳外科医でしたが、事故で神経を患い、医療の道を閉ざされてしまいます。

治療法を探し求めてチベット(映画ではネパールのカトマンズ)に赴いたストレンジは、そこで未知の力を操るエンシェント・ワンと出会い、修行を積み、やがて地球最強クラスの魔法使いとなります。

 

2.未知の映像と王道の物語

本作を語る上で一番に挙げられる要素は、ずばり映像でしょう

もはやどういう力がどういう方向に動いているのか処理しきれない怒涛の表現の連続は、トリップともいえる未知の映像体験です。

このようなアプローチになった理由は恐らく二つあります。

一つは、原作自体がサイケデリックな描写が多く、それをリスペクトしたということ。

もう一つは、MCU「魔法」を本格登場させるにあたり、生半可な表現にするわけにはいかなかったということだと思います。

これまでのMCUでは、『マイティ・ソー』シリーズを通して、「魔法」は「極端に進んだ科学」であるという見解が示されてきました。

いくら超常的な「魔法」でも、存在しているからには原理があり、原理があるならばそれは「科学」ともいえるわけです。

実際、高水準の科学によってもたらされた超能力の類は、これまでのほとんどの作品で見受けられました。

ところが今回は、「魔法」という定義自体を大々的にフィーチャーしなくてはなりません。

「魔法」と「科学」はある意味表裏一体であるという哲学を経た上で、それでもなお「これぞ魔法」「これは魔法でしかできない」と感じさせることが重要だったわけです。

その答えの一つが、摩訶不思議で強烈な映像作りによる「理解のできない、度肝を抜くような魔法の表現」だったのでしょう。

逆に、ストーリーはいたってシンプルです。

今まで描かれてきたヒーローたちのオリジンは、ほとんどが「再生」「奉仕の精神」を基調とするものでした。

ドクター・ストレンジ』もその様式を綺麗になぞっており、「能力はずば抜けているが性格に問題がある主人公が挫折し、再生する」という点で、特に『アイアンマン』と非常に近い構造になっています。

ただし同じ天才でも、トニー・スタークがセレブリティだったのに対し、ドクター・スティーヴン・ストレンジはもう少しだけ一般に近い立ち位置のインテリであり、それによってドラマの意味合いもより身近で、重いものとなっています。

ストレンジが約束されたはずの未来と自信を失い、生き地獄へと突き落とされる様は、とてもリアルで見ていて息が苦しくなるほどです。

そのようなシリアスな序盤が、彼がどん底から立ち上がり、魔法使いとして、そしてヒーローとして返り咲くという王道展開と無理なく繋がるのは、ドクター・ストレンジを演じたベネディクト・カンバーバッチの技量によるところが大きいと思います。

単純に演技が素晴らしく、ぐいぐい引き込まれるというだけでなく、やはりカンバーバッチにはカンバーバッチにしか出せないカンバーバッチ感があって、それが役柄と完全に調和しています。

ストレンジの傲慢さ、身勝手さ、プライド、その奥にある医者にもヒーローにも通じる「人を救いたい」という情熱、そして時折見せるお茶目さ。

それらがカンバーバッチを通して常に理想的な形で機能することで、作品全体が一本の線で結ばれているように感じました。

ドクター・ストレンジ』は、サイケな新感覚映画であると同時に、王道のエンターテイメントです。

全てを奪われ、それでも信念を貫くことをあきらめず、もがき、学び、戦うヒーローの姿を、絶えず変貌を続ける万華鏡のような視界ごしに見届けましょう。

 

3.MCUを再定義。ついに明かされた世界の構造

魔法とは何たるかが明かされるということは、芋づる式に、この世界における超自然的な枠組、ひいては世界全体の成り立ちがついに日の目を見るということです。

序盤、エンシェント・ワンがストレンジに説くマルチバースの概念は、我々視聴者に対する「答え合わせ」でもあります。

その答えとは、MCUの世界には複数の平行世界が存在し、異次元が存在し、認識や理解を超えた神のような力が存在するという事実です。

MCUマルチバース(多元宇宙)であることは、原作やこれまでの伏線から予想がつくのですが、ようやくそれが明確に断言されたわけです。

このシーンでは、本作の中でも特にカオスな映像表現が、数分に渡ってジェットコースターのように用いられています。

その力の入れ方は、『ドクター・ストレンジ』単体のリズムから少しばかり浮いてすらいました。

それほどまでに、この場面はMCU全体において重要なターニングポイントなのです。

シリーズが科学を出発点として始まったことを考えると、「とうとうここまできたか」という感じで感慨深いです。

アベンジャーズ:インフィニティ・ウォー』に向けて、役者も舞台もいよいよ出そろってきた、といったところでしょうか。

 

3.ヴィランたちに見る今後の展望

前にも述べましたが、MCUの作品は、Netflixのドラマシリーズ以外どうにも悪役の描写が薄いような気がします。

今回のメインヴィランとなるカエシリウスも、愛する人を失った悲劇、かつての師であるエンシェント・ワンとの確執など、悪に染まるまでの背景がきちんとあるのですが、それがドラマの深い部分にまで関わってくることはほとんどなく、共感させるような仕掛けもありませんでした。

やはり、主役の描写に時間を割くMCU作品の性質上、単体映画でヴィランの心理も掘り下げるのは難しいのかもしれません(ロキとクロスとジモはかなりいい線いってましたが)。

ただ、次回作のヴィランになるであろうモルドはわりと丁寧に葛藤が描かれていたので、これからに期待します。

あと、ドルマムゥがもう出てくるのにはびっくりしました。

たしか原作だとサノスより強かったような……。

今回はあくまで顔見せで、実体を得た後に、サノスに代わってMCUの次のラスボスになるんでしょうか。

そこらへんも気になります。

画像引用元・権利者:マーベル・スタジオ/ウォルト・ディズニー・カンパニー

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